東京高等裁判所 平成5年(行ケ)53号 判決 1996年2月13日
広島県安芸郡府中町新地3番1号
原告
マツダ株式会社
同代表者代表取締役
和田淑弘
同訴訟代理人弁護士
中村稔
同
熊倉禎男
同
吉田和彦
同訴訟代理人弁理士
大塚文昭
同
西島孝喜
同
平井正司
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
同指定代理人
清水修
同
吉野日出夫
同
井上元廣
同
高橋邦彦
主文
1 特許庁が平成2年審判第15632号事件について平成5年2月18日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文同旨の判決
2 被告
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和59年4月3日名称を「自動車のウインド装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願(昭和59年実用新案登録願第48114号)をしたところ、平成2年7月9日拒絶査定を受けたので、同年8月24日審判の請求をし、平成2年審判第15632号事件として審理され、平成4年2月25日出願公告(平成4年実用新案出願公告第6966号)されたが、富士重工業株式会社より登録異議の申立てがなされ、平成5年2月18日登録異議の申立ては理由があるとの異議決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月29日原告に送達された。
2 本願考案の要旨
A.ウインドガラスを開閉駆動するための電磁駆動手段と、
B.前記電磁駆動手段への給電回路内に設けられ、前記ウインドガラス開閉の給電制御を行うマニュアルスイッチと、
C.イグニッションスイッチのオン信号を受けて作動し、該イグニッションスイッチのオフから設定時間経過するまで出力を発するタイマ手段と、
D.前記イグニッションスイッチのオフから設定時間経過後に前記給電回路をオフするよう、前記タイマ手段により開閉制御されるスイッチ手段と、
E.前記マニュアルスイッチに設けられ、前記イグニッションスイッチのオン時に点灯されると共に、該イグニッションスイッチのオフから前記設定時間経過後に消灯するように前記タイマ手段により点灯制御される発光表示体と、
を備えていることを特徴とする自動車のウインド装置(便宜上符号を付して文節した。別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2)<1> これに対して、実用新案登録異議申立人である富士重工株式会社の提示した昭和57年特許出願公開第85471号公報(以下「引用例1」という。)及び昭和51年特許出願公開第74331号公報(以下「引用例2」という。)には、それぞれ以下のごとき発明が記載されているものと認める。
引用例1(第1、第2の実施例(以下「第1実施例」「第2実施例」という。)を合わせて考察する。);
「a.ウインドガラスを開閉駆動するための電磁駆動手段(パワーウインド駆動回路14、以下、括弧内は引用例1記載の発明の手段名等を記す。)と、
b.前記電磁駆動手段への給電回路内に設けられ、前記ウインドガラス開閉の給電制御を行うマニュアルスイッチ(操作器12)と、
c.イグニッションスイッチのオン信号を受けて作動し、該イグニッションスイッチのオフから設定時間経過するまで出力を発するタイマ手段(タイマ回路16またはタイマ回路16と電源保持回路20)と、
d.前記イグニッションスイッチのオフ後、「ドアを開けたのち該ドアを閉じてから」設定時間経過後に前記給電回路をオフするよう、前記タイマ手段により開閉制御されるスイッチ手段(リレー6)と、
e.前記イグニッションスイッチのオフ後ドアを開けた時点から点灯され、ドアを閉じてからタイマ回路16の設定時間経過後に消灯するように前記タイマ手段により点灯制御される発光表示体(照明用ランプ26)と、
を備えていることを特徴とする自動車のウインド装置。」(別紙図面2参照)
引用例2;
「点灯、消灯自在な電灯(発光表示体)を収納した自動車のパワーウインドガラスを開閉操作するスイッチ。」(別紙図面3参照)
<2> 本願考案と引用例1記載の発明とを対比すると、両者は、次の構成からなる点で一致する。
「ウインドガラスを開閉駆動するための電磁駆動手段と、
前記電磁駆動手段への給電回路内に設けられ、前記ウインドガラス開閉の給電制御を行うマニュアルスイッチと、
イグニッションスイッチのオフ後ある時間経過するまで出力を発するタイマ手段と、
前記イグニッションスイッチのオフ後ある時間経過後に前記給電回路をオフするよう、前記タイマ手段により開閉制御されるスイッチ手段と、
(イグニッションスイッチのオフ後、前記ウインドガラスを開閉駆動可能な時間)前記タイマ手段により点灯制御される発光表示体と、
を備えていることを特徴とする自動車のウインド装置。」
なお、上記発光表示体は、引用例1記載の発明のものも、(結果的に)イグニッションスイッチのオフ後、(ドアカーテシスイッチのオンを経て)ウインドガラスを開閉駆動可能な時間を表示しているので、上記のごとき一致点が認定できる。
また、本願考案の前記A~Dの構成要件が引用例1に開示されていることは、原告も認めるところである。
<3> そして、両者は、次のイ.ロ.の点で相違する。
イ.本願考案では、(ウインドガラスの開閉駆動可能な時間を表示する)発光表示体を点灯制御するタイマ手段を、「該発光表示体をイグニッションスイッチのオン時に点灯されると共に、該スイッチのオフから設定時間経過後に消灯するように」設定しているのに対し、引用例1記載の発明では、(ウインドガラスの開閉駆動可能な時間を結果的に表示している)発光表示体を点灯制御する該タイマ手段を「前記イグニッションスイッチのオフ後ドアを開けた時に点灯され、ドアを閉じてから設定時間経過後に消灯するように」設定している点。
ロ.本願考案は、(ウインドガラスの開閉駆動可能な時間を表示する)発光表示体を「ウインドガラス開閉の給電制御を行うマニュアルスイッチ」に設けているのに対し、引用例1記載の発明は、(結果的に開閉駆動可能な時間が表示される)発光表示体の取付位置が不明な点。
<4> 上記イ.ロ.の相違点について判断する。
イ.相違点イ.について
両者の発光表示体とも(開閉駆動可能な時間が表示される)点で同一の機能を有するものであるから、その点、消灯を制御するタイマ手段の設定時間を適宜変更することは、当業者が必要に応じて採用できる設計事項であって、上記の相違点に格別の考案があるとはいえない。
そして、発光表示体の点灯時期は、本願考案の目的・作用効果に格別影響を与えるものではない。
ロ.相違点ロ.について
「点灯、消灯自在な電灯(発光表示体)を収納した、自動車のパワーウインドガラスを開閉操作するスイッチ」が引用例2において公知であって、引用例1記載の発明の「発光表示体」を上記引用例2記載の発明の「発光表示体」に代えることは、当業者に格別の考案力を要するものではない。
<5> そして、本願考案による作用効果も、結局、上記引用例1及び2記載の発明の持つ作用効果以上のものではない。
<6> したがって、本願考案は、引用例1及び2記載の発明に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決は、引用例1記載の発明の技術内容を誤認した結果、本願考案と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定を誤り、かつ相違点の判断を誤り、本願考案の進歩性を否定したものであって、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(引用例1の第1実施例と第2実施例とを組み合わせて本願考案と対比した誤り)
第1実施例と第2実施例は、別々の目的、構成及び作用効果を有する別個の発明の開示であって、それらを組み合せて考察することはできないのに、審決は、両実施例を組み合わせて恣意的に1つの開示例を想定し、本願考案と対比し、一致点、相違点を認定したのは誤りである。
<1> 引用例1記載の発明は、「かかるパワーウインド制御装置は、開閉器としてイグニツシヨンスイツチを利用しているため、エンジンを停止し降車した後に、ウインドが開いていることに気づいた場合には、再びキーを挿入してイグニツシヨンスイツチがオンになるまで回転しなければならない、という問題点がある。かかる問題点を解消するために、パワーウインド用電源をパワーウインド駆動回路に常時与えておくことも考えられるが、バツテリ上り等を引起こすので好ましくない。(改行)本発明は上記問題点を解消すべく成されたもので、エンジン停止後一定時間パワーウインドを駆動させることが可能なパワーウインド制御装置を提供することを目的」(引用例1の2頁左下欄19行ないし右下欄12行)とし、このために、「電源に接続された開閉器と、該開閉器の開閉に連動して動作する前記電源に接続された電源供給器と、該電源供給器に接続された操作器の操作に基づいてパワーウインドを駆動するパワーウインド駆動回路とを含んで構成されたパワーウインド制御装置において、前記開閉器と前記電源供給器との間にタイマ回路を挿入し、該タイマ回路を前記開閉器を迂回する迂回路を介して前記電源に接続する」(2頁左下欄13行ないし3頁左上欄1行)構成を採用したものである。
したがって、第1実施例及び第2実施例は、イクニッションスイッチを切った後においても、しばらくの間、パワーウインドを駆動することができるという点においては、一致している。
しかしながら、第1実施例は、本願明細書において、「ウインドガラスを電磁駆動手段により開閉駆動するように(「した」が脱落していると解される。)パワーウインド装置のなかには、…イグニツシヨンスイツチをオフした後であっても、このオフ後設定時間経過するまでは、タイマ手段によって電磁駆動手段へ給電可能な状態にしておき、この状態でマニユアルスイツチを操作すればウインドガラスを開閉駆動できるようにしたものがある。(改行)しかしながら、この種従来のパワーウインド装置にあっては、イグニツシヨンスイツチのオフ後タイマ手段により設定された時間内にあるか否かの確認ができず、このため次のような不便さを生じていた。」(本願明細書2欄1行ないし13行)と述べている従来技術に相当するものであるにすぎない。
これに対し、第2実施例は、(イグニッションスイッチオフ後の)「ドアの開閉」とタイマ回路を関連づけたものであり、開閉器4(イグニッションスイッチ)をオフにして、ドアを開閉した後でも、一定時間はパワーウインドが駆動するようにしたものである。
すなわち、第2実施例は、
a.タイマ回路の作動の開始が、(イグニッションスイッチのオンからではなく)「ドアを開いて」からであること、
b.タイマの設定時間の始まりが、(イグニッションスイッチのオフではなく)「ドアを閉じて」からであること、すなわち、「ドアを閉じてから一定時間経過」するまではパワーウインドが駆動可能であること(イグニッションスイッチをオフにしても、ドアの開閉がない限り、いわば永久にパワーウインドが駆動可能であること)、
に特徴があり、
第1実施例の、
a'.タイマ回路の作動の開始が、「イグニッションスイッチのオン」からであって、
b'.タイマの設定時間の始まりが、「イグニッションスイッチのオフ」である(したがって、ドアの開閉がなくても、一定時間が経過すれば、パワーウインドは、駆動可能ではなくなる)、
という特徴と大きく異なっている。
そして、それを達成するための回路構成も、引用例1の第2図と第3図を参照すれば明らかなとおり、異なっており、両者を組み合せることは回路構成上不可能である。
上記のとおり、引用例1記載の発明においては、第1実施例と第2実施例を組み合せることは、全く想定されておらず、両者を合わせて1つの発明が開示されているとみるのは不可能である。
<2> 次に、第1実施例と第2実施例の照明用ランプ26との組合せについて考察する。
審決は、第1実施例に、第2実施例のランプを組み合せたものを安易に想定しているが、引用例1には、そのような組合せを示唆するものは全くない。
第2実施例の照明用ランプ26は、第2実施例のタイマ回路と連動している結果、イグニッションスイッチのオフ後、ドアが開いたことにより点灯し、ドアが閉まった後一定時間経過後に消灯する。
照明用ランプがこのような作動をすることと、同ランプ26が「キー照明用ランプ」であることを考え合わせると、この照明用ランプ26の目的は、明細書中に明示的な説明はないけれども、夜間に、運転者が降車してドアを閉めた後、一定時間ドアの外側のキー穴を照明し、キーを差しやすくすることにある。
したがって、この照明用ランプ26は、
a.照明の対象がドアの外側のキー穴であって、ウインドないしパワーウインドのマニュアルスイッチとは全然関係がない、
b.照明の目的も、運転者の降車後にドアの外側のキー穴を照らすことであって、パワーウインド駆動可能時を示すための表示目的とは全く関係がない、すなわち、この照明用ランプ26は、パワーウインド駆動可能時を表示する発光表示体ではない、
c.点灯の開始時期が、ドアを開いた時であって、イグニッションスイッチのオン時ではないため、点灯している時期が、パワーウインドの駆動可能時と全く一致していない、すなわち、イグニッションスイッチがオンの時期(もちろん、パワーウインドは駆動可能)や、イグニッションスイッチのオフ後もドアが開くまでは、パワーウインドが駆動可能時であっても、点灯しない。さらにいえば、ドアの開閉がなければ、パワーウインドが駆動可能であろうがなかろうが、このランプは、永久に点灯しない、ものである。
このように、照明用ランプ26は、パワーウインドないしはその駆動時とはおよそ無縁である。
これを、第1実施例と組み合せて、しかも、パワーウインド駆動可能時と関連づけて、この照明用ランプ26をパワーウインド駆動可能時に点灯させ続けておくという発想を得ることは、本願考案を知らない当業者が本出願前にきわめて容易になし得たところではない。
(2) 取消事由2(本願考案の発光表示体と第2実施例の照明用ランプの相違に基づく一致点の認定の誤り及び相違点イ.の判断の誤りについて)
本願考案の発光表示体と第2実施例の照明用ランプとは、その目的、構成及び作用効果を異にするものであるから、審決が本願考案と引用例1記載の発明とは、「(イグニッションスイッチのオフ後、前記ウインドガラスを開閉駆動可能な時間)前記タイマ手段により点灯制御される発光表示体」を備えている点において一致すると認定したのは誤りであり、また、相違点イ.について「両者の発光表示体とも(開閉駆動可能な時間が表示される)点で同一の機能を有するものである」との認定を前提として、当業者が必要に応じ採用できる設計事項であると判断したのは、その前提において誤っている。
<1> 第2実施例の照明用ランプ26の目的は、前述のとおり、主として夜間に、運転者が降車してドアを閉めた後、一定時間ドアの外側のキー穴を照明して、キーを差しやすくすることにある。
第2実施例においては、引用例1の第3図に示されるとおり、照明用ランプ26の「一端は接地され、他端はタイマ回路16のトランジスタTr5のコレクタに接続されている」(引用例1の3頁12行ないし14行)という構成をとっている。
その結果、乗員が降車しようとしてドアを開けると、ドアカーテシスイッチ24がオンし、タイマ回路16がオン状態になり、電源2から迂回路18、ヒューズ17、トランジスタTr5を介して照明用ランプ26に電源が供給され、照明用ランプ26が点灯する。そして、乗員が降車し終わって、ドアを閉じると、ドアカーテシスイッチ24がオフし、タイマ回路16に流れている電流が停止されるが、タイマ回路16のコンデンサCの放電により、タイマ回路16が一定時間動作するので、キー照明用ランプ26もその間点灯し続けることになる。
このようにして、第2実施例は、運転者が夜間等に降車してドアを閉めた後も、一定時間内であれば、ドアの外側のキー穴の位置を容易に知ることができるという作用効果を達成している。
もともと、この種のキー照明用ランプを設ける構成は、自動車製造に従事する当業者にとって周知のものであった。キー照明用ランプは、その目的からみて、ドアを開けるまでは点灯させる必要はないから、ドアを開くことと連動して、キー照明用ランプを点灯させればよい。このためには、ドアを開くことによって作動を開始し、ドアを閉じた後、一定時間後のキー照明用スイッチをオフにするためのタイマ回路が必要となる。第2実施例は、このタイマ回路をパワーウインドの駆動にも利用しようというものである。
これに対し、本願考案の発光表示体の目的は、「タイマ手段により設定された時間内であるか否か、換言すれば、イグニツシヨンスイツチをオンにすることなくマニユアルスイツチの操作のみでウインドガラスが開閉できるのか否かを、容易に識別できるようにした」(本願明細書2欄26行ないし3欄4行)ことにある。
本願考案は、その目的を達成するために、実用新案登録請求の範囲のAからDの構成に加え、Eの構成を設けるという構成を採用した。
その結果、本願考案の発光表示体は、イグニッションスイッチがオンされると点灯し、イグニッションスイッチをオフしてから設定時間経過後、消灯する。つまり、本願考案においては、イグニッションスイッチがオンの時に加えて、イグニッションスイッチをオフした後一定時間のパワーウインド駆動可能時と発光表示体の点灯時が、完全に一致している。また、この発光表示体は、パワーウインドの駆動可能な状態を表示するためのもので、照明を目的とするものではない。
<2> 本願考案の発光表示体に、「(開閉駆動可能な時間が表示される)」という機能があるのは確かであるが、第2実施例の照明用ランプ26は、パワーウインドの開閉駆動可能時を表示するという機能は全くない。
すなわち、イグニッションスイッチがオンの間(当然パワーウインド駆動可能時)はもとより、イグニッションスイッチをオフした後も、「ドアが開けられない限り」、照明用ランプ26は点灯しないから、同ランプには、パワーウインドの開閉駆動可能時を表示するという機能はない。これは、前記照明用ランプ26の目的からみても当然のことであり、照明用ランプ26には、パワーウインドの開閉駆動可能時を知らせるという思想は全くない。
なお、本願考案において、タイマの終了と発光表示体の消灯とパワーウインド駆動回路がオフにいたるのと同様に、第2実施例において、タイマの終了とキー照明用ランプの消灯とパワーウインド駆動回路がオフになるのと同時に生じるので、一見終了時に関しては両者は同じであるかのようにみえる。
ところが、第2実施例においては、タイマの終了、キー照明用ランプの消灯時まで、パワーウインド駆動回路をオンにしておくことに何の技術的意味もない。何となれば、ドアを閉めて運転者が車外に出てから後、ウインドが開いていることに気付いても、ドアが閉じている限り、ウインドを閉めることはできないからである。
したがって、第2実施例において、タイマの終了時に、パワーウインド駆動回路がオフになることには何の技術的意味もなく、たまたま第2実施例の回路構成がそうなっているからにすぎない。
<3> 仮に、第1実施例と第2実施例とを「合わせて考察」したものを前提としたとしても、第2実施例の照明用ランプ26と本願考案の発光表示体は同一の機能を有しないから、審決のように、「消灯を制御するタイマ手段の設定時間を適宜変更することは、当業者が必要に応じて採用できる設計事項」であるとはいえない。
<4> 以上のとおり、第2実施例の照明用ランプと本願考案の発光表示体は、目的、構成及び作用効果、さらにその機能において、大きく異なっているから、審決の前記一致点の認定及び相違点イ.についての判断は誤りである。
(3) 取消事由3(相違点ロ.についての認定、判断の誤り)
<1> 審決には、まず、相違点ロ.を認定するに当たり、第2実施例の照明用ランプの位置は、ドアの外側のキーの差込口付近であるのに、照明用ランプ26の取付位置が不明であるとしている。
しかしながら、第2実施例の照明用ランプ26は、第2実施例のタイマ回路と連動している結果、イグニッションスイッチオフ後、ドアが開いたことにより点灯し、ドアが閉まった後一定時間経過後に消灯する。
照明用ランプ26がこのような作動をすること、第2実施例がウインドガラスの閉め忘れという事態を解決するための考案であること(引用例1の2頁右下欄1行ないし4行)、同ランプ26が「キー照明用ランプ」(同3頁右下欄11行ないし12行)であることを考え合わせると、この照明用ランプ26の目的は、夜間に、運転者が降車してドアを閉めた後、一定時間ドアの外側のキー穴を照明して、キーを差しやすくした、当業者にとって周知のキー照明のためのものである。
したがって、この照明用ランプ26の取付位置は、キー穴(キー穴は、イグニッションスイッチのところか、ドアの外側か、トランクのところくらいしか考えられない。)のうちでも、ドアの外側のキー穴と考えざるを得ないものである。
そして、本願考案において、「車外」であるドアの外側のキー穴付近にある「キー照明用」ランプを、「車内」であるウインドガラス開閉用のマニュアルスイッチに設けることを想到することは、不可能である。このことは、第2実施例における同ランプの存在目的から帰納されることであり、本願考案において、ランプの存在目的とランプの存在場所は、不可分の事柄である。
被告は、キー穴の取付位置について、仮に、原告の主張のとおりであったとしても、それが審決の判断に何ら影響を与えるものではないとするが、ある物の場所が特に特定されていない場合には、一般に、その物は、どこにでも設置され得るものであるが、その物がその物の特性もしくは目的等から特定の場所に設置するように限定されている場合には、その物を別の目的で別の場所に設置するのに、考案力を必要としないとはいえない。
したがって、審決が照明用ランプ26の取付位置が不明であると認定したのは誤りである。
<2> 審決は、相違点ロ.について、引用例1記載の発光表示体を引用例2記載の発光表示体に代えることは、当業者に格別の考案力を要するものではない、と判断している。
しかしながら、前記(1)<1>において述べたとおり、第1実施例と第2実施例を1つの開示例としてみることはできないので、第1実施例と引用例2記載の発明の組合せ、第2実施例と引用例2記載の発明の組合せ、第1実施例と第2実施例と引用例2記載の発明の組合せがあり得るが、このいずれの組合せをしても、審決の判断は誤りである。
イ.第1実施例と引用例2記載の発明の組合せについて
第1実施例は、本願考案が、その明細書において欠点を指摘している従来技術にほかならず、発光表示体がなく、しかも、発光表示体を示唆する記述も全くない。
他方、引用例2記載の発明の電灯は、「自動車に本来備えてあるコンビネーシヨンスイツチあるいはその他の照明灯点灯用スイツチの操作により点滅できるようにした」(引用例2の2頁右下欄12行ないし15行)ものであって、パワーウインド駆動可能時を示すものではないし、パワーウインド駆動可能時との関連づけを示唆する記述も全くない。
このとおり、第1実施例と引用例2記載の発明との組合せを想到する基礎は全くないから、これらに基づいて当業者がきわめて容易に本願考案を考案することができたとは到底いえない。
ロ.第2実施例と引用例2記載の発明の組合せについて
第2実施例の照明用ランプは、既に述べたとおり、夜間に、運転者が降車してドアを閉めた後、一定時間ドアの外側のキー穴を照明して、キーを差しやすくすることを目的としたものであって、パワーウインドの駆動可能時を示しているものではない。
したがって、「ドアの外側のキー穴を照明する目的」のキー照明用ランプを、引用例2記載の発明の電灯のように、パワーウインドのマニュアルスイッチのところにもってくるようなことを考案する当業者はいない。
仮に、第2実施例の照明用ランプ26を、引用例2記載の発明の電灯のように、パワーウインドのマニュアルスイツチのところにもってきたとしても、同ランプが点灯するのは、ドアが開いた後にすぎず、パワーウインドの駆動可能時を示す本願考案には到達しない。
このとおり、第2実施例と引用例2記載の発明とを組み合せることは、当業者がきわめて容易に想到するところではないし、しかも、両者を組み合せたとしても、本願考案とは別の装置ができるだけのことである。
ハ.第1実施例と第2実施例と引用例2記載の発明の組合せについて
第1実施例と第2実施例を組み合せることが当業者にきわめて容易でないことは、既に(1)<2>で述べた。また、第1実施例と引用例2記載の発明を組み合せることが当業者にきわめて容易でないことは、本項イ.で述べた。さらに、第2実施例と引用例2記載の発明を組み合せることは、当業者がきわめて容易に想到するところではないし、また、両者を組み合せたとしても、本願考案と別の装置ができるにすぎないということは、本項ロ.で述べた。
したがって、第1実施例、第2実施例及び引用例2記載の発明を組み合せることにより、当業者が本願考案をきわめて容易に考案をすることはできないか、または、この組合せによっても本願考案の構成は得られない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3項は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、原告の主張は理由がない。
2(1) 取消事由1について
<1> 審決における引用例1記載の発明の認定は、その第1実施例と第2実施例に開示された発明を「組み合せて考察したもの」(そして別の発明を創作したもの)ではなく、単に「(合せて)考察したもの」である。
引用例1記載の発明を掲載した甲第3号証は、1件の公開特許公報であって(別文献でも、別公報でもない。)、しかも、「エンジン停止後一定時間パワーウインドを駆動させることが可能なパワーウインド制御装置を提供する」(引用例1の2頁右下欄10行ないし12行)という目的を有した実質的に1つの発明の特許を請求してなされた特許出願明細書の内容自体である。
そもそも、特許出願明細書とは、発明者が発明した技術的思想を、当業者が容易に実施できるように具体的に文章及び図面を用いて表現したものであって、その実施例とは、発明者のなした発明の構成が実際上どのように具体化されるかを示す「例」にほかならない。そして、その公報(明細書)中に多数の発明を認識し得ることも、また、各実施例がそれぞれ個別の発明を構成し得ることもあるが、要は、「該公報の記載から当業者がどのような発明を認識するか」ということであって、その発明の認識は、公報の全記載とその出願時の技術常識をもって行われるべきものであり、各実施例は、当然「合せて考察される」べきものである。そして、そのようにして「当業者が把握し得た発明」が、すなわち、「記載された発明」である。
したがって、原告主張のごとく、「それら(実施例)を組み合せて考察できない」ものではあるが、審決記載のごとく「合せて考察」すべきことも当然であって、原告の「組合せ」を前提とした主張は失当であり、審決の引用例1記載の発明の認定手法に誤りはない。
<2> そこで、当業者において、審決が認定した「a~cの構成」が、引用例1に実質上記載されていると把握できる理由について説明する。
イ.前述したように、引用例1記載の発明の目的は、「エンジン停止後一定時間パワーウインドを駆動させることが可能なパワーウインド制御装置を提供する」ことである。この目的は、「タイマ回路(タイマ手段)」を備えることによって達成される。
そして、第1実施例のタイマ手段(タイマ回路16)は、イグニッションスイッチのオン信号を受けて作動し、イグニッションスイッチのオフから設定時間経過するまで出力を発するものである。
これに対して、第2実施例のタイマ手段(電源保持回路20とタイマ回路16とにより構成される。)は、イグニッションスイッチのオン信号を受けて作動し、(イグニッションスイッチのオフ後に)ドアを閉じてから一定時間経過するまで出力を発するものであり、イグニッションスイッチのオフから後のパワーウインドの駆動可能な設定時間に関して、搭乗者が降車し終わるまでの時間を確実に確保できるようにしたのである。
すなわち、第1、第2実施例のタイマ手段は、イグニッションスイッチのオフから後のパワーウインドの駆動可能な設定時間の決め方が異なるのみで、「イグニッションスイッチのオンで作動し、イグニッションスイッチのオフから設定時間経過するまで出力を発する」点では一致する。
そして、タイマ手段の設定時間の決め方をいずれにするかは設計事項であり、かつ、第1、第2実施例とも同じ目的のために用いられるものであるから、両実施例を合わせて考察できることは当然であり、両実施例を合わせて考察すると、両実施例のタイマ手段を共に含んだ審決のいう「cの構成」のごときタイマ手段を認定することができる。
ロ.原告は、第2実施例は、第1実施例のように「エンジン停止後一定時間パワーウインドを駆動可能とする」ものではないから、第1、第2実施例は、目的達成手段が相違する旨主張する。
しかしながら、引用例1記載の発明は、従来技術の問題点、すなわち、開閉器としてイグニッションスイッチを利用したパワーウインド制御装置において、エンジンを停止し降車した後に、ウインドが開いていることに気づいた場合には、再びキーを挿入してイグニッションスイッチがオンになるまで回転しなければならない問題点を解消するためのものであって、しかも、パワーウインド用電源をパワーウインド駆動回路に常時与えておく必要をなくして、バッテリ上り等をも防止するものである。(引用例1の2頁左下欄19行ないし右下欄8行)
この問題点を解消するためには、エンジン停止後一定時間だけパワーウインドを駆動可能とすればよいことは当然であるが、エンジン停止後何分何秒と定められた一定時間だけパワーウインドを駆動させることに格別意味がなく、エンジン停止後パワーウインドの駆動可能な時間を設計時等に適当な時間に設定できることは、明らかである。したがって、引用例1記載の発明の目的は、エンジン停止(イグニッションスイッチをオフ)後、適当な時間だけ、パワーウインドを駆動させることを可能とすることにあるといえる。
そして、該目的を達成する一態様が、第1実施例であって、原告も認めているように、エンジン停止後、適当な一定時間だけ、イグニッションスイッチを回転することなくパワーウインド駆動回路に電流を供給し、その後は電流を切るためにリレー6に出力を送る手段(タイマ回路16から構成される。)を備えることにより、パワーウインドを駆動させることを可能とするものである。
他の態様である第2実施例にあっては、「開閉器4をオフにしても、…電源保持回路20は、リレー6をオン状態にする。従つて、…パワーウインドを駆動させることができる。乗員が降車しようとしてドアを開けると、…電源保持回路20はオフ状態になる。このとき、…タイマ回路16がオン状態になる。タイマ回路16がオン状態になると、…リレー6がオン状態になるので、パワーウインドを駆動させることができる。次に、乗員が降車し終って、ドアを閉じると、…タイマ回路16が一定時間動作し、リレー6をオン状態にするので、…ドアを閉じて一定時間経過するまでパワーウインドを駆動させることが可能となる。」(同4頁左上欄4行ないし右上欄16行)という記載から、第2実施例が、エンジン停止後、適当な時間だけ、イグニッションスイッチを回転することなく、パワーウインド駆動回路に電流を供給し、その後は電流を切るための出力をリレー6に送る手段(電源保持回路20及びタイマ回路16から構成される。)を備えることにより、エンジン停止後、適当な時間だけ、パワーウインドを駆動させることを可能とするものであることは、明らかである。
すなわち、第1、第2実施例とも、「エンジン停止後、適当な時間だけ、イグニッションスイッチを回転することなくパワーウインド駆動回路に電流を供給し、その後は電流を切るための出力をリレーヘ送る」という同じ手段を備えることにより、「エンジン停止後、適当な時間だけ、パワーウインドを駆動させることを可能とする」という同じ目的を達成するものであり、原告の主張は失当である。
ハ.原告は、第2実施例の「タイマ回路」を設けたことのもともとの理由に関して、パワーウインド制御のためではなく、キー照明用ランプのためであり、第2実施例では、パワーウインド制御のためにキー照明用ランプのタイマ回路を借用したにすぎない旨主張する。
しかしながら、引用例1には、「エンジンを停止し降車した後に、ウインドが開いていることに気づいた場合には、再びキーを挿入してイグニツシヨンスイツチがオンになるまで回転しなければならない、という問題点がある。…本発明は上記問題点を解消すべく成された」(引用例1の2頁右下欄1行ないし9行)、「乗員が降車しようとしてドアを開けると、…タイマ回路16がオン状態になる。…次に、乗員が降車し終つて、ドアを閉じると、…タイマ回路16が一定時間動作し、…ドアを閉じて一定時間経過するまでパワーウインドを駆動させることが可能となる。」(同4頁左上欄11行ないし右上欄16行)と記載され、これらの記載からすると、キー照明用ランプの有無にかかわらず、第2実施例の「タイマ回路」は、ドアを閉じてから一定時間パワーウインドを駆動可能とするために設けたことは明らかであり、原告の主張は失当である。
ニ.原告は、第2実施例の「キー照明用ランプ」に関して、キー照明用という機能を有するのみで、パワーウインドとは無関係である旨主張する。
しかしながら、「キー照明用ランプ」は、上記ニ.で述べたように、パワーウインドを駆動可能にするために用いられる「タイマ回路」の出力発生中に点灯されるものであるから、審決のいうように、「ウインドガラスを開閉駆動可能な時間を表示している」ことは明らかであり、原告の主張は失当である。
ホ.原告は、第2実施例の回路構成からすれば、再びドアを開ければ、常にパワーウインドが駆動可能になる以上、運転者が降車しドアを閉めた後に、パワーウインドを駆動可能にしておくことは無意味だから、第2実施例において、タイマ回路16を設けた本来の理由は、パワーウインド制御のためではなく、キー照明用ランプのためであり、第2実施例では、パワーウインド制御のために、キー照明用ランプのためのタイマ回路を借用したにすぎない旨主張する。
しかしながら、引用例1には、原告が主張するような記載は全く存しない。しかも、引用例1の記載からは、上記ハ.に記載した以外に解することはできず、仮に、第2実施例が、パワーウインド制御のために、キー照明用ランプのためのタイマ回路を借用したものであっても、タイマ回路が、ドアを閉じてから一定時間パワーウインドを駆動可能にするものであることに変わりはないので、原告の主張は失当である。
(2) 取消事由2について
第2実施例では、ドアを開ける前は、常にパワーウインドが駆動可能であるから、ことさら、パワーウインドが駆動可能であることを表示する必要性はない。そして、パワーウインドが駆動可能であることを表示する機能としては、キー照明用ランプが、パワーウインド駆動回路のオフ前に適宜時間点灯し、パワーウインド駆動回路のオフ時と一致して消灯することも達成できるから、審決に記載のごとく、第2実施例のキー照明用ランプが「(結果的に)ウインドガラスを開閉駆動可能な時間を表示している」ことは明らかである。
また、引用例1には、キー照明用ランプが車外でのキー操作を照明するためのランプであることを示唆する記載はなく、仮に、車外でのキー操作を照明するために、キー照明用ランプがドアのキー穴付近にあったとしても、キー照明用ランプが、パワーウインド駆動回路のオフ前に適宜時間点灯し、パワーウインド駆動回路のオフ時と一致して消灯するから、降車した運転者に対して、キー照明用ランプが、審決に記載のごとく、「(結果的に)ウインドガラスを開閉駆動可能な時間を表示している」ことは明らかである。
(3) 取消事由3について
<1> 引用例1には、キー照明用ランプの取付位置について全く触れられておらず、このような場合、一般的に「(取付位置が)不明である」と認定するのが通例であって、相違点ロ.についての審決の認定に誤りはない。
また、仮に、原告主張のごとく、引用例1の記載全体から照明用ランプ26が「ドアの外側のキー穴の近傍に取り付けられているものと」推測されるとしても審決において認定した引用例1記載の発明における照明用ランプ26に関する部分は、本願考案の「発光表示体」と同一の機能を有するランプ(発光表示体)が存在することであって、その「取付位置」でもなく、その「照明の目的あるいは対象」でもない。
したがって、仮に、原告主張のとおりであったとしても、それが審決の判断に何ら影響を与えるものではない。
<2> 前記(1)で述べたとおり、審決の引用例1記載の発明の認定に誤りはないので、引用例1記載の発明の認定の誤りを前提とした相違点ロ.についての審決の取消事由は、理由がない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるので、これを引用する。
理由
第1 請求の原因(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第2 そこで、以下原告の主張について検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証(平成4年実用新案出願公告第6966号公報)によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願考案は、自動車のウインド装置に関し、特にウインドガラスを電磁駆動手段により開閉するようにした、いわゆるパワーウインド装置に関する。(1欄22行ないし24行)
(2) ウインドガラスを電磁駆動手段により開閉駆動するようにしたパワーウインド装置のなかには、昭和56年特許出願公開第146581号公報に示すように、イグニッションスイッチをオフした後であっても、このオフ後設定時間経過するまでは、タイマ手段によって電磁駆動手段へ給電可能な状態にしておき、この状態でマニュアルスイッチを操作すれば、ウインドガラスを開閉駆動できるようにしたものがある。
しかしながら、この種従来のパワーウインド装置にあっては、イグニッションスイッチのオフ後タイマ手段により設定された時間内にあるか否かの確認ができず、このため次のような不便さを生じていた。
すなわち、例えば上記設定時間経過後であるにもかかわらず設定時間内にあると思ってマニュアルスイッチを操作した場合は、ウインドガラスが何ら駆動されないので、このマニュアルスイッチ操作後、再びイグニッションスイッチをオンにしてウインドガラスを開閉駆動させねばならないことになる。
また一方、上記設定時間内であるにもかかわらず、当該設定時間が経過していると思い込んだ場合は、わざわざイグニッションスイッチを不必要にオンにしてしまうというような不便さを生じていた。(2欄1行ないし23行)
(3) 本願考案は、上述のような事情を勘案してなされたもので、タイマ手段により設定された時間内であるか否か、換言すれば、イグニッションスイッチをオンにすることなく、マニュアルスイッチの操作のみでウインドガラスを開閉できるのか否かを、容易に識別できるようにした自動車のウインド装置を提供することを目的とし、考案の要旨記載の構成(1欄2行ないし19行)を採用した。(2欄25行ないし3欄5行)
(4) 本願考案は、イグニッションスイッチがオフの状態において、ウインドガラスを開閉できるか否かを容易に判別できる。
また、この判別を、マニュアルスイッチに設けた発光表示体が点灯しているか否かによって行うので、ウインドガラスを開閉しようとするものは、このマニュアルスイッチに注目するだけでよく、これに加えて、イグニッションスイッチがオンの時も含めて夜間の際には、この発光表示体の点灯によってマニュアルスイッチの位置を明確に知り得るという作用効果をも奏する。(6欄23行ないし33行)
2 次に、原告主張の個々の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 成立に争いのない甲第3号証(昭和57年特許出願公開第85471号公報)によれば、以下の事実を認めることができる。
イ.引用例1記載の発明は、発明の名称を「パワーウインド制御装置」とするもので、その特許請求の範囲は、以下のとおりである。
「(1) 電源に接続された開閉器と、該開閉器の開閉に連動して動作する前記電源に接続された電源供給器と、該電源供給器に接続された操作器の操作に基いてパワーウインドを駆動するパワーウインド駆動回路とを含んで構成されたパワーウインド制御装置において、前記開閉器と前記電源供給器との間にタイマ回路を挿入し、該タイマ回路を前記開閉器を迂回する迂回路を介して前記電源に接続したことを特徴とするパワーウインド制御装置。
(2) 前記開閉器と前記電源供給器との間に電源保持回路を接続し、該電源保持回路と前記タイマ回路をドアの開閉に応じて開閉されるスイツチに接続した特許請求の範囲第1項記載のパワーウインド制御装置。」(1頁左欄2行ないし19行)
ロ.そして、発明の詳細な説明として、以下のとおり記載されていることが認められる。
「 本発明は、パワーウインド制御装置に係り、特に、電源に接続された開閉器と、該開閉器の開閉に連動して動作する前記電源に接続された電源供給器と、該電源供給器に接続された操作器の操作に基いてパワーウインドを駆動するパワーウインド駆動回路とを含んで構成されたパワーウインド制御装置の改良に関する。」(1頁右欄2行ないし8行)
「 …かかるパワーウインド制御装置は、開閉器としてイグニツシヨンスイツチを利用しているため、エンジンを停止し降車した後に、ウインドが開いていることに気づいた場合には、再びキーを挿入してイグニツシヨンスイツチがオンになるまで回転しなければならない、という問題点がある。かかる問題点を解消するために、パワーウインド用電源をパワーウインド駆動回路に常時与えておくことも考えられるが、バツテリ上り等を引起すので好ましくない。」(2頁左下欄19行ないし右下欄8行)
「 本発明は上記問題点を解消すべく成されたもので、エンジン停止後一定時間パワーウインドを駆動させることが可能なパワーウインド制御装置を提供すうことを目的とする。」(2頁右下欄9行ないし12行)
これらの記載によれば、引用例1記載の発明は、すなわち、第1、第2実施例に共通して、イグニツシヨンスイツチを切った後においても、しばらくの間、パワーウインドを駆動可能にすることを目的とする自動車のパワーウインド駆動装置であることが認められる。
ハ.そして、第1実施例の(第2図は、その回路図である。)構成について、以下のように記載されていることが認められる。
「 開閉器4をオンさせると電源2からヒユーズ3、開閉器4、ヒユーズ5、抵抗R12および抵抗R11を介してトランジスタTr6にベース電流が流れ、トランジスタTr6がオンする。トランジスタTr6がオンすると、トランジスタTr5にベース電流が流れ、電源2から迂回路18およびトランジスタTr5を介して励磁コイル7に電流が流れ、リレー6をオンさせ、パワーウインド駆動回路14に電源を供給する。一方、コンデンサCには、電荷が貯えられる。
開閉器4をオフすると、トランジスタTr6に電源2から電源は供給されないが、コンデンサCの放電によりトランジスタTr6にベース電流を一定時間流す。従つて、開閉器4がオフした後も、一定時間パワーウインドを駆動することが可能である。
開閉器4として、イグニツシヨンスイツチを利用すれば、車両を停止させエンジンを切つた後も一定時間パワーウインドを駆動させることができるので、再びキーを挿入してイグニツシヨンスイツチがオンになるまで回転しなければならない、という従来の問題点が解消される。」(3頁右上欄2行ないし左下欄4行)
この記載によれば、第1実施例においては、イグニツシヨンスイツチのオンによりタイマ回路16が作動し、イグニッションスイッチをオフした後一定時間タイマ回路16がパワーウインドの駆動回路をオンの状態に維持する、つまり、パワーウインドを駆動させることが認められる。
ニ.第2実施例(第3図は、その回路図である。)については、以下のことが認められる。
まず、
「 開閉器4をオフにしても、トランジスタTr7のコレクタからトランジスタTr8のベースに電流が流れているので、トランジスタTr7およびトランジスタTr8はオン状態を継続し、電源保持回路20は、リレー6をオン状態にする。従って、開閉器4をオフにしたときでも、パワーウインドを駆動させることができる。」(4頁左上欄4行ないし10行)
と記載されていることが認められ、この記載によれば、開閉器(イグニッションスイッチ)4をオフし、エンジンが停止すると、直ちに、電源保持回路20が働くことが示されている。
次に、
「 乗員が降車しようとしてドアを開けると、ドアカーテシスイツチ24がオンし、トランジスタTr8のベースを接地するので、電源保持回路20はオフ状態になる。このとき、ドアカーテシスイツチ24がオンし、タイマ回路16のアース端子16aが接地されるので、電源2からヒユーズ3、迂回路18およびヒユーズ17を介してタイマ回路16に供給されていた電源が、タイマ回路16のアース端子16aおよびドアカーテシスイツチ24に流れ、タイマ回路16がオン状態になる。タイマ回路がオン状態になると、電源2から迂回路18、ヒユーズ17、トランジスタTr5およびダイオードD9を介して励磁コイル7に電源が供給され、リレー6がオン状態になるので、パワーウインドを駆動させることができる。」(4頁左上欄11行ないし右上欄5行)
と記載されていることが認められ、この記載によれば、ドアを開けるとドアカーテシスイツチ24がオンになり、前記電源保持回路20がオフとなるとともに、タイマ回路16がオンになるとが示されている。
次に、
「 乗員が降車し終つて、ドアを閉じると、ドアカーテシスイツチ24がオフし、タイマ回路16に流れている電流が停止される。しかし、タイマ回路16のコンデンサCの放電により、タイマ回路16が一定時間動作し、リレー6をオン状態にするので、パワーウインドを駆動させることが可能である。」(4頁右上欄6行ないし12行)
と記載されていることが認められ、この記載によれば、ドアが閉じると、前記ドアカーテシスイツチがオフになるから、タイマ回路16への電流の供給が停止し、タイマ回路はその後一定時間動作して、その間パワーウインドを駆動させることができるようにパワーウインド駆動回路をオンに保つことが示されている。
そして、
「 26はキー照明用ランプで、一端は接地され、他端はタイマ回路16のトランジスタTr5のコレクタに接続されている。」(3頁右下欄11行ないし14行)
と記載されていることが認められ、この記載及び第3図によれば、キー照明用ランプ26には、タイマ回路16の動作中は電流が供給され、非動作になると電流の供給が停止されると認められるから、同ランプは、タイマ回路16が動作中のみ点灯することは明らかである。
また、これを、ドアカーテシスイツチとの関係でみれば、キー照明用ランプは、車両のドアが開くことによって、ドアカーテシスイツチがオンとなって、点灯し、ドアが閉じるとドアカーテシスイツチがオフとなって、それから一定時間後に消灯するものであるということができる。
<2> 原告は、第1実施例と第2実施例とは、別々の目的、構成、作用効果を有する別個の発明の開示であって、それらを組み合わせて考察することはできないのに、審決が両実施例を組み合わせて本願考案と対比し、一致点、相違点を認定したのは誤りである旨主張する。
前記審決の理由の要点によれば、審決は、本願考案が実用新案法3条2項の規定に該当するか否かを判断するに当たり、まず本願考案の実用新案登録請求の範囲に基づきその要旨を認定し、次に引用例1記載の発明の構成を引用例1に記載された第1実施例と第2実施例を合わせて考察して、その構成を同(2)<1>のとおり認定したうえ、両者の構成を対比し、一致点(同(2)<2>)、相違点(同(2)<3>)を認定し、相違点についての容易推考性を判断したものであることが認められる。
当該考案が実用新案法3条2項の規定に該当するか否かを判断するに当たり、当該考案の要旨を認定し、次に対比の基本となる引用例の記載事項からその構成を把握し、両者の構成を対比して、一致点(同(2)<2>)相違点(同(2)<3>)を認定し、相違点についての容易推考性を判断することは、一般に用いられている判断手法であり、審決もこの手法に従って認定判断したものであることは、前記審決の理由の要点から明らかである。
もっとも、引用例1の第1実施例と第2実施例のそれぞれの構成は、前記<1>認定のとおりであって、その回路構成を異にしており、単純に両実施例の構成を合わせて考察すれば、審決の理由の要点(2)<1>の構成になるものではない。しかしながら、引用例1記載の発明は、前記<1>のとおり1個の発明(必須要件項とその実施態様項)に関する特許出願公開公報であって、第1実施例と第2実施例とは、同一の発明について当該出願人が最良の結果をもたらすものとして記載したものであり、当業者であれば、前記認定の第1実施例と第2実施例の記載からこれを合わせて1つの構成として把握することができないとはいえない。その結果、当業者が両実施例を合わせたものの構成を審決の理由の要点(2)<1>のとおり把握できるか、さらにその構成に基づいて本願考案と対比した結果である審決の一致点、相違点の認定を正しいといえるかは、別個に検討すべき事柄である。
したがって、審決が以上の点について何らの説示もすることなく、「引用例1(第1、第2実施例を合わせて考察する。)」として、引用例1記載の発明を審決の理由の要点(2)<1>のとおりの構成のものと認定したことは、措辞妥当とはいえないが、これがため審決にその結論に影響を及ぼす違法があるとはいえない。
(2) 取消事由2について
原告は、本願考案の発光表示体と第2実施例の照明用ランプとは、その目的、構成及び作用効果を異にするものであるから、両者が「(イグニッションスイッチのオフ後、前記ウインドガラスを開閉駆動可能な時間)前記タイマ手段により点灯制御される発光表示体」を備えている点において一致するとした審決の認定及び相違点イについての審決の判断は誤りである旨主張する。
<1> 審決認定の引用例1記載の発明における「キー照明用ランプ」は、引用例1の第2実施例に記載されているものであることは、当事者間に争いがない。そしてキー照明用ランプについて引用例1に記載されている事項は、前記(1)<1>ニ.認定のとおりである。
<2> 次に、本願考案の「発光表示体」について検討すると、前掲甲第2号証によれば、以下のことが認められる。
イ.その構成については、
「 本考案にあつては、マニユアルスイツチに発光表示体を設けて、該発光表示体の点灯制御をタイマ手段により行うようにしてある。」(3欄7行ないし9行)
「 20、21は、発光ダイオード、液晶、ランプ等の発光表示体で、その各々は、前記リレー接点12bを介して、B電源とアースとの間に結線されている。この発光表示体20、21は、第2図に示すマニユアルスイツチ2内に組込まれており、このマニユアルスイツチ2は、その前面に上昇表示マーク22が付された上昇用操作部2aと、下降表示マーク23が付された下降用操作部2bとを有する。そして、上記表示マーク22および23は、マニユアルスイツチ2に形成された所定形状の開口部を透光部材で覆うことにより構成されて、上記発光表示体20、21が点灯されたとき、上記表示マーク22および23が発光されるようになつている。」(4欄15行ないし28行)
と記載されていることが認められ、この記載によれば、本願考案の発光表示体は、マニュアルスイッチの内部に組み込まれて、点灯されて発光するものでることが認められる。
ロ.その作用については、
「 イグニツシヨンスイツチがオンされると、タイマ回路10にはIg電源が接続され、コンデンサ9が充電されるとともに、第1トランジスタ4がオンになる。すると、B電源、抵抗7、第1トランジスタ4のコレクタ・エミツタ、抵抗13、第2トランジスタ11のベース・エミツタ及びアースの経路で電流が流れて該第2トランジスタ11がオンとなる。この結果、B電源、リレーコイル12a、第2トランジスタ11のコレクタ・エミツタ及びアースの経路で電流が流れて、リレー接点12bがオンとなり、これにより発光表示体20、21が点灯されると共に、パワーウインドモータ1は給電可能となる。」(4欄36行ないし5欄4行)
「 イグニツシヨンスイツチがオンからオフになると、タイマ回路10への給電は停止されるが、その際コンデンサ9の電荷が第1トランジスタ4のベース・エミツタ及び抵抗13、17の経路で放電され、これにより当初は第1トランジスタ4のベース電圧がエミツタ電圧より高いことから、該第1トランジスタ4はオン、第2トランジスタ11及びリレー接点12bもオン状態に保持される。そして、イグニツシヨンスイツチがオフされてから設定遅延時間が経過すると、コンデンサ9の放電によつて第1トランジスタ4のベース電圧がエミツタ電圧より低下し、該第1トランジスタ4がオフ、第2トランジスタ11もオフとなり、これによりリレー接点12bがオフとなつて、発光表示体20、21が消灯されると共に、パワーウインドモータ1へは給電不能となる。」(5欄18行ないし33行)
と記載されていることが認められ、この記載によれば、イグニッションスイッチがオンされると、タイマ回路10が作動し、発光表示体20、21が点灯されると共に、パワーウインドモータが給電可能となって、パワーウインドが駆動可能となり、イグニッションスイッチがオフされると、タイマ回路10への電流の供給が停止し、タイマ回路はそれから一定時間動作して、設定時間経過後に、発光表示体20、21が消灯されると共に、パワーウインドモータヘ給電不能となり、パワーウインド駆動可能時も終了するものであることが認められる。
<3> そこで、本願考案の「発光表示体」と、引用例1記載の発明における第2実施例の「キー照明用ランプ」とを対比してみる。
まず、本願考案の発光表示体は、マニュアルスイッチに組み込まれて設けられているのに対し、第2実施例のキー照明用ランプについての記載は、前記<1>認定の部分のみであるから、前記キーとは車両のどのキーを指すのか不明であって、その取付位置は判然としないといえる。
次に、本願考案の発光表示体は、イグニッションスイッチがオフの状態において、タイマ手段により設定された時間内であるか否かを容易に識別できるようにすることを目的として、ウインドガラスが開閉駆動可能か否かを表示するのに対し、第2実施例のキー照明用ランプは、キー照明用と限定されていて、表示用とする記載はなく、両者は、その目的が異なるということができる。
さらに、本願考案の発光表示体は、イグニッションスイッチのオンからタイマ回路の動作終了までの間、つまり、ウインドガラスを開閉駆動可能な間、常に点灯するものであるのに対し、第2実施例のキー照明用ランプは、タイマ回路の動作中、車両のドアが開かれた時点で点灯し、閉じられてから一定時間経過後に消灯するものであって、両者は、その点灯のタイミングにおいて明らかに異なっているということができる。
もっとも、タイマ回路が動作状態にあるときは、本願考案の発光表示体も、第2実施例のキー照明用ランプも共に点灯し、その間は、ウインドガラスが開閉駆動可能なのであるから、両者の機能に一部共通する点があるといえなくもない。
しかしながら、本願考案は、イグニッションスイッチがオフの状態において、ウインドガラスを開閉駆動可能か否かを容易に判別できるという作用効果を奏するのに対し、第2実施例のキー照明用ランプは、イグニッションスイッチをオフにしても、車両のドアを開けない限り点灯しないし、逆に、車両のドアを開ければイグニッションスイッチのオン・オフに関係なくいつでも点灯できると解されるから、このランプは、本来イグニッションスイッチとは直接の関係はなく、本願考案における上記作用効果は全く期待できないということができる。
以上の諸点からすると、本願考案の発光表示体と第2実施例のキー照明用ランプは、その目的、構成及び作用効果において、別異のものであるといわざるを得ない。
そうすると、審決は、引用例1記載の発明における第2実施例のキー照明用ランプについての認定を誤り、その結果、本願考案と引用例1記載の発明とが、(イグニッションスイッチのオフ後、ウインドガラスを開閉駆動可能な時間)タイマ手段により点灯制御される発光表示体を備えている点で一致すると誤って認定したものであり、かつ、相違点イ.について判断するに当たり、両者の発光表示体とも(開閉駆動可能な時間が表示される)点で同一の機能を有するものであると誤って判断し、これを前提として消灯を制御するタイマ手段の設定時間を適宜変更することは当業者が必要に応じて採用できる設計事項であると誤って判断したものである。
3 したがって、審決は、違法であって、その余の取消事由について検討するまでもなく、取消しを免れない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>
別紙図面3
<省略>